|
|
|
|
|
|
|
|
|
神奈川県から北海道女満別町へIターン(2002年〜)
平岡 映ニさん パン屋「ブランジェ アンジュ」オーナーシェフ。夫婦、子供1人と同居中 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
パンづくりに適した国産小麦にこだわり北海道へ
|
| 私は、2002年6月に女満別町へIターンしました。神奈川県川崎市で生れ育ち、移住前は、レストランや店舗でパン職人として働いていました。女満別町へ移住したのは、独立して店をもちたいという夢が以前からあり、地元で生産したものを地元で販売するという形態に魅力を感じたためです。移住先としては、国産の小麦にこだわった本物のパンをつくりたかったため、パンに適している国産小麦の産地である北海道が思い浮かびました。
|
|
|

平岡さん近影
|
|
|
30歳の頃、十勝本別町で半年間農業実習に参加し、北海道移住を考えるようになりました。31〜32歳の時に場所探しをしたところ、交通の利便性がありながらも田園風景を有している女満別町が気に入り、また、観光客の出入りによる人の流れがあるので商売にも有利だと考えました。
移住に関しては、妻からは好意的な反応が得られましたが、自分の母親からは反対を受けました。しかし、同僚の中に3人もIターン希望者がいて、スタッフとして共にIターンすることになりました。女満別町に着いてからは、土地取得等に1年以上を要しました。当初、小麦畑に囲まれた土地の取得を検討しましたが、融資を得られず断念し、女満別町土地開発公社が開発を予定していた国道沿いの土地を紹介してもらい、開店の運びとなりました。
このページのTopへ
|
パンづくりの充実した毎日
開店してからは、パンづくりに専念する毎日です。町にパンをつくれる公共施設があり、パン教室を開いて町民にパンづくりを講義したり(町主催2回、市民団体の依頼3回)、町の観光を考える会に参加したりしています。お店の方も、思っていたより客の入りは良く、遠方からもお客さんが来て下さっています。田舎なので、少ない情報をキャッチして伝達する口コミの力が大きいということを感じています。今のところ、コストをかけて東京でテナントを借りて開店するより良かったのでは、と思っています。
|

パンづくりの様子
|
|
苦労していることは、特にありませんし、北海道内に製粉業者のネットワークがあり、本別町の農業研修時代に知り合った人のつながりで人間関係が広がっていくので、原材料購入にあたってもスムーズに運んでいます。妻は東京にいるより体調が良いようだと言っていますし、スタッフも、じっくりと時間をかけて自分が思うようなパンをつくれるため、嬉しいと述べています。 |
|
このページのTopへ
|
|
|
|
|
移住に対する支援について
私の場合は、本別町で7ヶ月間生活し、北海道での生活がこんなものだという感触をつかんでいたので、Iターン前に想定していた生活と実際の生活の間で、特に思い違いはありませんでした。しかし、初めてUJIターンを検討する人にとって、移住先の生活について想像がつかない点が最も不安だと思います。例えば、北海道であれば冬の生活はどうなのかなど、生活に関する具体的な情報提供があれば役立つと思います。また、移住当初は、私自身、女満別町内の農業実習生用の施設を町から紹介してもらい、賃借していましたし、土地の取得に際して町に相談したり、現在の土地を紹介してもらったりしていましたが、こうした住居や土地に関する支援はありがたいと思います。今後は、私のように個人が移住して店舗を構えたいと考えるような場合もあるでしょうから、個人店のような小規模な企業でも利用できる補助制度が整備されれば、と思います。
|
|
| 最終的に、Iターンして、自分の店が持ててお客さんも来てくれることになり、満足しています。東京に帰りたいという気持ちも特にありません。従業員も一度、家族の結婚絡みで東京に帰った際に、「ゴミゴミしていた」と漏らしていたほどです。
|
|
|
|

パン屋外観
|
|
|
|
|
|
|
このページのTopへ
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|

|
|
|
|
|
|